2005年8月アーカイブ

おばあさんのプレゼントのお話

園長: すぎもと かずひさ (2005年8月 1日
 先日、あるおばあさんから園児の写真をいただいた。手紙が同封され、中には数首の句がしたためられていた。
― 試歩とめて 園児とあそぶ 草の笛 ― 
 笠取の空き地で遊ぶ子どもたちとのふれあいがいかに楽しい出来事であったか、手紙は斯く綴っている。「天真爛漫の園児さんは私のためにタンポポの茎で笛を吹いてくださったり、補聴器をつけている私に、おばあちゃんはいくつですか、何歳まで生きたいですか、何で耳が聞こえないのですか、等などうれしい質問攻めにあいまして楽しい楽しい時間を過ごさせていただきました。」
子どもたちはいつの時代も希望の使者である。人生の先達であるおばあさんが、さまざまな人生経験を背景に想いを懸ける。はるかに幼い子どもたちに丁寧語で話す。それは、「ただ、ただ、可愛い」といういのち紡ぎあうもの同士ならではの愛おしさから生ずる、「自然の尊重」であろう。このことが、「人権の尊重」などとあらためて言わなくても「愛おしきものは自然に尊重する」ということを教えてくれる。愛するということについて学びつづけることが「人間・人権教育」の本質だよと・・・。
写真を見た。「楽しい時間」の記念にくださるという。写す枚数の公平性、肖像権といった概念のない良き時代を生きてこられた方である。その取り扱いについて担任が尋ねてきた。おばあさんの気持ちにお応えすることを優先して、保育室に掲示するよう、私は伝えた。共感の笑顔が職員室に広がる。
子どもたちは希望の使者である。私たちも然りである。死して、なお、希望の使者たる人たちが存在する所以である。
「園児さんの遊ばれる笠取の広場は、町の中とは別天地の自然の美しい里山でございます。季節が代わりまして、またいつの日か、園児さんの可愛い姿が見られるのを楽しみにいたしております。」と手紙はつづく・・・。「笠取へ行こう!」出かける動機が大きくなった。

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