2006年5月アーカイブ

優しくしなやかに見守るのお話

園長: すぎもと かずひさ (2006年5月 1日
 思わず駆け出してしまう春。高揚感は健康の証だ。山の上から吼[ほ]える。自分の内なる自然と外界との共鳴が心地よい。戸外へ向かう幼子の気持ちはきっとこんなであろうか。歩くだけで楽しい歩き心地。触るだけで面白い触り心地。遊びの原点がここにある。優しくしなやかに見守りながら一人ひとりの無邪気を応援する。
 さて、ここで見守り方についてのイメージについて簡単に述べてみたい。以前、ある指導案中に「戸外へ出る前には、子どもたちの期待感を膨らませるために天気や遊具を題材にお話をしたり・・・1歳児」「子どもが走っている姿を見かけたら、保育者が追いかけて鬼ごっこ風に楽しんだり・・・2歳児」などの記述があった。私は担当職員を呼び、即座にそれらの行動を慎み、指導案の修正を命じたことであった。なぜなら、わざわざ大人がお話などしなくても、短い言葉かけでもあれば、子どもたちは子どもたち自身で、十分、期待感を膨らませることができるし、戸外へ出れば開放感いっぱいに遊べるのに、長話につき合わされるだけ時間がもったいないからだ。また、走ることを純粋に楽しんでいる子どもをわざわざ鬼ごっこに引っ張り込んで何をしようというのか?思わず駆け出してしまうような高揚感は失せ、走るだけで楽しかった世界から遠ざけることになるのである。
 このように大人の意図的な関わりが、せっかくの子どもの体験に水を差すことがある。「見守る」のは「関わる」以上に、子どもたち一人ひとりの様子を観察し、適切な援助をする為の心配りを必要とする愛情あふれる行為なのだ。子どもたちの無邪気に私の気を溶かせる。優しくしなやかでありたい。

月別 アーカイブ