2007年6月アーカイブ

♪「現代社会ならではの引き算」のお話

園長: すぎもと かずひさ (2007年6月 1日

子どもたちは土あそびが好きだ。以前にも書いたことがあるが土や水といった自然素材の良さは人工遊具のようにあそび手である子どもたちにあそびの内容を求めてこないところにある。たとえば積み木は積むことをブロックはくっつけてものを形づくることを前提につくられている。もちろん子どもたちは、積み木をただ積んではつぶしたり、ブロックをままごとあそびのご飯に見立てたり、さまざまな活用方法を自由な発想で編み出していく。それでも、積むことの能力やものを構成する力がないと本来的な楽しみ方はできないし、それなりの形状をしているから、どんな年齢、どんな発達段階の子どもたちにも親しみやすいという点において、土ほどの優れものはないのである。だから春は土。Hana花保育園の3歳以上児さんを三室戸保育園に合流させるのもささやかではあるが屋上緑化を試みるのも同じ理由によるところが少なくない。
 
ンとするわたしの胸いか
  
 ところでずいぶん前のことであるが、例年のように子どもたちが土あそびを満喫できるようにと山盛りの土を入れたのに、なぜかあそびが小さく違和感を覚えたことがあった。しばらく様子を眺めていると、その原因がおもちゃにあるのではとある職員が気づいた。おもちゃに気を奪われた子どもたちがそれらを手にすることによって、土に直接触れる、手に取るというあそびがすっかりなりを潜めてしまっていたのである。早速、子どもたちが帰った後、おもちゃの量を減らしてみた。翌日、子どもたちのあそびの質が変わったのは言うまでもない。小さな手が大きく動き出したのだ。手が動くので身体も動く。いつものおもちゃがないことに文句を言うのではという心配もまったくの杞憂であった。

 情報がありすぎてアイディアが浮かばない。大人の手がありすぎて自立心が育たない。まわりと比較しすぎて自己が育たない。やりたいことがありすぎて本当にしたいことが見つからない。ものがあふれすぎて感謝が生まれない。机上の論理やヴァーチャル体験がありすぎて実体験からの学びが伴わない、等々。現代社会ならではの引き算がいる。

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