2007年11月アーカイブ

♪「社会的風土をつくりたい」のお話

園長: すぎもと かずひさ (2007年11月 1日

医院の待合室で雑誌の漁り読みをしていると素敵な記事に出会った。
 目に留まったのは東京高裁長官を退官後、趣味の鉄道などをテーマに随筆活動をされているゆたかはじめ氏へのインタビュー記事であった。
 その中で氏は、ご自分と同じく法の道に携わってこられたお父さんから、はじめて「平和」という言葉を聞かされたときの少年時代の感動について語っておられた。
 「平和」という言葉はいくつもの人生の修羅場と戦争体験を経てこられた人々にとってはかえがえのない希望に満ちた祈りの言葉としてこころ深く刻まれたことであろうことを思いながら、あらためて大切なことだと得心する。
 微力ながらも世界平和を志す保育園でありたいと願ってきた。
 いじめや自殺といったいのちをないがしろにする行為が後を絶たない現代において「平和」を志す教育こそは最重要視されるべきことであろう。

 とはいうものの「平和」にはいろんなレベルや解釈があり、困難な現実も数多く横たわっている。
 先日、こんなニュースを耳にした。
 「子どもの声は騒音であり迷惑防止条例に抵触するという地裁の判決を受け、とある児童公園の噴水がとめられた」というのである。
 それを楽しみに遊んでいた子どもたちやその親たちからすれば、そんな馬鹿な、と耳を疑うニュースである。
 ところが少し調べてみると、原告は病気療養中の地域住民とのことであった。
 詳細を知らずに意見する無責任をお許しいただかねばならないが、病気療養の身にあっては子どもの声はつらく身に染みることもあるのではないか。
 まさに、わたしの幸せ=わたしたちの幸せにはならないという現実である。

 立場の違うもの同士が平和に暮らすには、その一つひとつを包み込むように受け容れる社会的風土が必要である。
 前出のゆたかはじめ氏は、神田生まれの江戸っ子でおられるが長年暮らした東京を離れ、現在は沖縄にお住まいだという。
 法のしがらみのないところで余生を送りたい、ルールはなくても皆がなかよく暮らすという社会的風土の息づく場所で暮らしたいというのがその主な理由であった。
そんな風土をつくりたいものである。

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