2008年1月アーカイブ

♪「朝一番のしあわせの一歩」のお話 

園長: すぎもと かずひさ (2008年1月 1日

眠気覚ましの散歩にも若干の勇気がいる早朝5時、戸外はまさに真っ暗け。
 そんなわたしの背後から「おはようございます!」と突然、大声がした。
 「ちょっと、寿命が縮んだよう~」と声の主に目を凝らす。
 よく見えない。
 鳥目状態のつぶらな瞳をしばたたかせながらようやく認知したその人は、なんと随分昔の卒園児さんではありませんか。
 すっかり大人になった彼は、宇治から向日市まで自転車通勤の途中なのだという。
 「がんばれ!気をつけろよ!!」と急ぐ後姿に一声入魂、大声で檄を飛ばした。
 檄を飛ばすと自分自身も勇気づけられるから面白い。
 それにしても暗闇の、背後からよくもわたしと判ったものだ。
彼の眼力と後ろからでも判られてしまう自分の体型と歩き方の個性にほとほと驚いたことであった。


 歩きながら、しばし彼の子ども時代を回想する。
 彼は6人きょうだいの5番目で、末の弟といっしょに保育園に通っていた。
 お父さんを早くに亡くし、人並み以上の苦労をしているはずの彼であったが、人懐っこく明るいライフ・スタイルは今もさらに健在である。
 わたしは、当時からその姿を見るにつけ、人間の幸せについて考えさせられたことであった。
 彼から醸し出される、あの明るさと優しさとたくましさの源泉は何であろうかと。


 思い当たることはいくつかある。
 彼を思うとき、彼の思い出はいつも家族ごと浮かんでくるのである。
 彼らきょうだいのコミュ二ケーションはいたってシンプルで複雑な感情表現や難しい言葉などはあまり見られない。
 怒鳴り声や笑い声など、家人それぞれの喜怒哀楽が素直に飛び交う家なのだ。
 かつて日本の多くの家がそうであったように、近所の人たちにもわたしたちにもその全体が見えるような家なのである。
 その自然な透明性が彼特有の社交性になり、その人となりに反映されたのではなかろうか。


 「なるほど、保育園のともだち関係はやっぱり大切や」そんなことを思いながら、冬の朝一番に彼と出会えたしあわせの一歩を踏みしめる、白い息。

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